憲法改正と緊急事態条項のはなし パート7
緊急事態条項って、いる?いらない?
前回の話 憲法改正と緊急事態条項のはなし パート6 危険がひそひそ緊急事態条項
登場人物
さら
まこと
麻衣(まい)
蓮(れん)
店長
麻衣「ねえねえ、何で日本には、緊急事態条項が設けられなかったの? たくさんの国にあって、日本にないのは不思議なんだけど」
さら「入れた方が良いという意見もあったけど、色々議論をして、結局、設けないことに決まったの」
麻衣「へー、何で入れない方が良いって思ったの?」
さら「一つは戦前の反省ね。戦前の大日本帝国憲法は、非常時には天皇の権限を強化するための規定がいくつも設けられていたの。でも、その権限が濫用されてしまったの。侵略戦争に突き進んだのは政治によるものだとしても、それを止めることができず、むしろ後押しをしてしまったのが、緊急権に関する規定だったのよ。だから新しい憲法には、緊急事態条項を設けなかったの」
麻衣「濫用されないように、条件とか制限をつかるとかは考えなかったの?」
さら「そうね、そういう考えもあったと思うわ。でもね、新しい憲法では、天皇主権から、国民主権に変わった。だから民意を最大限に尊重したのね。つまり、緊急権は行政にとっては便利だけど、肝心の国民を無視してしまう。そんなことは避けるべきだと言う意見が採用されたの」
麻衣「なるほどね。あたしはあまり国民主権って気にしたこと無かったけど、憲法を作った人たちにとっては、大切なことだったのね」
さら「今でも大切なことよ。それを忘れないようにしないとね」
まこと「日本の場合って、緊急時の対応も、国会が中心になって決めてきたよね」
さら「そうね。戦後の様々な自然災害に対処していく上で、災害対策基本法、災害救助法など様々な法律を作って、緊急時に対応できるようにしていったわ」
麻衣「法律が色々整備されることは分かったんだけど、急に新しい法律が必要なこともあると思うの。そういう場合はどうするの?」
さら「緊急時に対応するために、別の制度を設けたの。一つは参議院の緊急集会。もう一つは、委任命令ね」
麻衣「どういうこと?」
さら「参議院の緊急集会は、衆議院が解散されたときに、緊急に法律を制定しないといけない事態が生じた場合に、参議院だけ開いて、一時的な法律を作るという仕組みなの」
麻衣「それって特別なことなの?」
さら「うん、特別よ。他国に類を見ない制度なの。まず、国会でしか法律を作れないという原則があることが出発点ね。緊急時であっても、国会開会中なら、そのまま法律を作れば良いわよね。そして国会が閉会中なら、臨時会を招集して法律を作る。でも、衆院が解散されていた場合はどうするのかって問題なの」
麻衣「参議院があるんだから、参議院で決めれば良いんじゃないの?」
さら「単純にそういうわけにはいかないの」
麻衣「何で? せっかく2つあるんだもん、残った方で法律を作れば良いのに」
さら「国会って、衆議院と参議院の両院から構成されていて、どちらが欠けても、国会は成立しないの。それは何故かというと、構成員の違う衆議院と参議院で議論することで、慎重な議論をして、色々な意見を反映させるためね。そのため、衆議院が解散されてしまうと、参議院も一緒に閉会されてまうの」
麻衣「もったいない」
さら「でも、衆議院は与党が多数で、参議院では野党が多数という、ねじれ国会の場合を考えみて。国会開会中は、与野党で争いのある法案があったら、衆議院で採決されても、参議院で否決されてしまい、法律は制定しないわよね。でも、衆議院が解散したあと、参議院だけで法律が出来てしまうとしたら?」
麻衣「あ、今度は、衆議院とのねじれを考えなくて良いから、参議院の賛成だけで法律が成立しちゃう!」
さら「そうね。しかも、野党だけの意見が反映された法律になってしまい、政策の一貫性が欠けてしまうおそれがあるわ。だから参議院だけで法律を制定させることは、普通ではあり得ないことなの」
麻衣「でも、緊急時は違うって事ね」
さら「緊急時も、衆参とで意見の食い違いがあるかもしれない。でも、緊急時にはそんなこと言ってられない。とりあえず新しい法律を作らないとどうしようもない。という状況よね。だから、特別に規定を設けて、参議院だけで一時的な法律を制定できるようにしたの」
麻衣「一時的?」
さら「そう、一時的。後で衆議院の賛成が得られなかったら、効力を失ってしまうの」
麻衣「へー。緊急時の法律だからってことなのね」
さら「そうすることで、緊急時の必要性と、衆議院の意見の反映を両立させたのね」
蓮 「あのさ、一つ聞きたいんだけど」
さら「何?」
蓮 「さっきから、国会の臨時会でとか、参議院の緊急集会とかいってるけど、緊急時って、その緊急集会も開く余裕が無いんじゃないの? それに議会で議論している余裕も無いんじゃないのかな」
さら「どこまでの緊急事態を想定しているのかにも依るわね。現行憲法制定時の金森国務大臣が、緊急事態条項の必要性について述べていたことが参考になると思うの。要約すると、この制度が無くても支障が生じないとは断言できないけれど、関東大震災や東京大空襲を含んだ数十年間の歴史を振り返っても、間髪入れないほどの急務は無かったのだから、臨時会や緊急集会を開く余裕があると考えられる、と言っていたわ」
蓮 「へー、そんな話があったのか。でもさ、例えば、首都直下型地震で国会議事堂が崩落した場合なんて、臨時会や緊急集会を開くことが出来ないじゃんか。そんなときはどうするのさ?」
さら「えっと、その場合は・・・」
まこと「国会議事堂がなくなっても、別の場所で開けば良いさ。特に場所は限定されてないだろ」
蓮 「なるほど。じゃあ、多数の国会議員が死傷した場合は?」
まこと「まず定足数が総議員の3分の1で足りるので、過半数の死傷者が出ても議会は成立する。それならだいたいの場合何とかなるんじゃないのかな。それに亡くなった場合は、繰り上げ当選によって議員数を確保することが出来る。ってことじゃダメ?」
蓮 「ダメじゃないけど・・・、議会が開会できなくって対処できない可能性があると、やっぱり不安な気持ちは残るなぁ」
まこと「議会が開会できない万が一のために、緊急事態条項が必要だって事か」
蓮 「うん」
まこと「でもさ、国会議員の多くが死傷している場合って、当然霞ヶ関にも大きな被害が出て、行政組織もズタズタって状態だろ。そんなときに、官僚のバックアップのない内閣総理大臣に何か期待できることあるのか?」
蓮 「うーん、そう言われると、何が出来るんだろう」
まこと「各所で交通や情報網が寸断されている。死傷者も多数に上り、救助活動や消火活動で手一杯だ。情報も足りないし、人手も足りない。しかも、官僚の組織的なバックアップもない状態で、内閣だけで、法律が新たに必要かどうかを判断し、しかも条文に落とし込む作業が短時間で出来るか? むしろ、そんなことしてる余裕があるなら、内閣は全力を挙げて、現行の法制を駆使して、事態に対処すべきだと思うよ。仮に新たな法整備が必要だとしても、災害の発生から数日経って、被害の状況が確認できるようになってから、初めて立法の必要性が判断できるんじゃないかな。そして、それだけの日数があれば、議会の招集をする時間も確保できるだろうから、通常の体制でも対処可能という結論になると思うけど」
蓮 「それでもやっぱり、議会が招集も出来ない事態がある場合に備えた方がよくないかな」
まこと「そんな現実にあるかどうかも分からない事態のために、ナチスの全権委任法みたいな権限を総理に与えるのか? 一度濫用されたら、対処しようが無くなるのに?」
蓮 「濫用するとは限らないだろ。まことはどうして、いつも政府は権限を濫用するって考えるんだよ。そっちの方が現実を見てないんじゃないのか?」
まこと「政府が権限を濫用するなんて、歴史を見れば明らかだろ!」
蓮 「いつのどの歴史さ!」
さら「まあまあまあ、二人とも熱くならないでさ」
麻衣「そうそう、お冷やでも飲んで、一度落ち着こうね」
蓮 「おう、ありがと」
まこと「さんきゅー」
憲法改正と緊急事態条項のはなし パート8 緊急時も濫用防止! につづく・・・
憲法改正と緊急事態条項のはなし パート1 プロローグ
憲法改正と緊急事態条項のはなし パート2 憲法改正って何?
憲法改正と緊急事態条項のはなし パート3 憲法改正手続って問題だらけ
憲法改正と緊急事態条項のはなし パート4 憲法改正なのに、市民活動に罰則が!
憲法改正と緊急事態条項のはなし パート5 緊急事態条項ってなに?
憲法改正と緊急事態条項のはなし パート6 危険がひそひそ緊急事態条項
憲法改正と緊急事態条項のはなし パート7 緊急事態条項って、いる?いらない?
憲法改正と緊急事態条項のはなし パート8 緊急時も濫用防止!
憲法改正と緊急事態条項のはなし パート9 災害時には緊急措置があるよ
憲法改正と緊急事態条項のはなし パート10 国会議員の任期延長?
憲法改正と緊急事態条項のはなしパート11(完) デマに流されないで